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東京高等裁判所 平成8年(う)518号 判決

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

当審における未決勾留日数中、被告人甲に対しては六〇日を、被告人Aに対しては九〇日を、それぞれの原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人甲については弁護人向井惣太郎作成名義の控訴趣意書に、被告人Aについては弁護人吉川彰伍作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

(被告人甲関係)

一  控訴趣意第一(訴訟手続の法令違反の主張)について

1  所論は、要するに、原審は、冒頭手続における被告人の意見陳述に際し、弁護人が用意した書面の朗読による方法を排斥した上、弁護人の「被告人は黙秘します」との意見を無視し、被告人に対し、意見の陳述を求めたものであり、このような原審の措置は、憲法で保障された被告人の黙秘権を侵害するものであり、このことは、憲法上の権利が否定された公判手続において審理が行われたことを意味するから、このような手続によって成立した原判決は、その効力自体に疑いがあり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。

そこで、原審記録に基づき検討するに、原審の冒頭手続における被告人の被告事件に対する陳述に際し、弁護人が、自らが用意した書面を被告人に朗読させ、同被告人の被告事件に対する陳述としたいと述べたのに対し、原審は、被告人本人の意見を聞きたいので、弁護人が用意した書面によるのは適当ではないとして、弁護人の申し出た右方法を排斥し、被告人の意見を求めたことは、記録上明らかである。仮に所論のように、その間に、弁護人が「被告人は黙秘します」との意見を述べたのに、原審が、それを無視して、被告人本人の意見の陳述を求めたとしても、弁護人が述べる以上、あくまでも弁護人の意見であるから、原審が、これを被告人の意見とみないで、被告人本人の意見の陳述を求めたのは当然であり、弁護人としては、被告人と打合せをして、弁護人が意図するとおりに被告人に意見の陳述をさせることも十分に可能であったのであるから、原審の右措置をもって、被告人に意見の陳述を強制し、その黙秘権を侵害したといえないことは明らかである。論旨は、理由がない。

2  所論は、要するに、原審は、被告人及び相被告人の各被告人質問における補充尋問に際し、訴因を証拠上固める方向での質問、しかも、誘導的な質問に終始したものであり、このような原審の補充尋問は、憲法三二条に反し違法であり、かつ、この補充尋問による被告人及び相被告人の各供述が本件犯行の認定の証拠として用いられているのであるから、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、原審記録に基づき検討するに、裁判所による補充尋問は、被告人又は証人の供述内容を検討するために行われるものであり、それに対する供述が、被告人に有利な場合もあれば、不利な場合もあることは当然であり、被告人に不利な供述がされたからといって、補充尋問がことさらに不公平であったといえないことは明らかである。原審における被告人及び相被告人の各被告人質問の状況等をみると、原審の補充尋問も、右のような趣旨からされたものに過ぎず、裁判所としての公平さを疑わせるような質問はなかったことが認められるから、憲法三二条違反はないとういうべきである。論旨は、理由がない。

二  控訴趣意第二(輸入の共謀の事実がないとの事実誤認の主張)について

1  所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、原判決は、相被告人がフィリピンに渡航した平成七年七月一日より前に、相被告人と被告人との間で、フィリピンから大麻を携帯して輸入する旨の共謀が成立し、次いで、同月三、四日ころ、相被告人からの国際電話により、携帯の方法から貨物の宅送の方法に変更して輸入する旨の話があり、被告人がこれを承諾したことにより、本件大麻の宅送輸入についての被告人と相被告人らとの共謀が成立したものと認定判示している。しかしながら、まず、携帯輸入の共謀の点については、相被告人と被告人との間では、輸入する大麻の量、形状、品質や輸入の具体的方法がいまだ話し合われておらず、そもそも輸入を実行するか否かすらも、相被告人がフィリピンに渡航し大麻取引のブローカーと会って決まることとされていたのであって、いまだ具体性のない企ての段階に止まり、大麻の携帯輸入の共謀が成立していたとはいえない。また、同月三、四日ころに宅送の方法に変更して輸入することを被告人が承諾したことについては、このような事実は認められないのである。これに沿う相被告人の捜査段階における供述は、保釈で出られるように配慮するとの捜査官の利益誘導によるものであり、かつ、自己の刑責の軽減を図ろうとの気持ちから虚偽を述べたものであり、また、同趣旨の相被告人の原審公判廷における供述も、保釈を得ようと考えてそのまま維持されたものであり、いずれも信用性を欠く。仮に相被告人の右供述によるとしても、相被告人は、宅送方法への変更を連絡した際、それはまずいと言う被告人に対し、宅送する現物を確認してみるという趣旨のことを述べており、七月二〇日に被告人に電話した際にも、被告人がまだ心配だなどと言っていたというのであるから、七月三、四日の時点で被告人が宅送方法への変更を承諾したとは認められず、その時点においては、被告人は、せいぜいその判断を保留したような形の対応で終わったに過ぎない。そして、被告人の捜査段階における自白調書は、相被告人のことを悪く言うと裁判官の印象が悪くなるなどと捜査官が述べて勝手に作成したものであり、信用性がないというのである。

2  そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討するに、まず、携帯の方法により大麻を輸入することの共謀の成否に関し、次のような事実が認められる。すなわち、相被告人は、平成七年四月一日、前刑を終えて出所し、以前からの知り合いである被告人の助力を得て不動産の仲介の仕事を試みるなどしていた。他方、被告人は、同年三月から知人と共同で居酒屋を経営していたが、それによる収入は十分ではなく、また、以前に相被告人から三〇〇万円を借りていて返済していなかったことから、相被告人の出所後、相被告人から求められて、その後の利息分を加えた五〇〇万円の借用証書を差し入れた。相被告人は、服役中に知り合ったフィリピン人のBが出所して帰国するに際し、旅費を差し入れてやったことがあったが、不動産仲介の仕事が思うように進まないことなどから、服役中に同人からフィリピンでは大麻が安く簡単に手に入るという話を聞いていたことを思い出し、同年六月中旬ころ、右のような状況にあった被告人に対し、フィリピンに刑務所で一緒だった友人がいるので、その協力を得て、フィリピンから大麻を輸入し、これを売りさばいて利益を上げることの相談を持ち掛けた。相被告人と被告人は、話し合った結果、相被告人がまずフィリピンに渡航し、右友人を介してブローカーと接触するなどして大麻を仕入れ、次いで被告人が渡航して、両名がそれぞれ大麻を携帯して輸入することとした。その後、相被告人は、渡航及び帰国の日程を決めて、内妻を通じて両名の航空券の手配をするなどし、被告人自身も、相被告人から一万円を借りて同年六月二八日にパスポートの申請をした後、相被告人は、同年七月一日にフィリピンに渡航した。これらを総合すると、相被告人の右渡航以前に、被告人と相被告人との間において、フィリピンから大麻を携帯の方法により輸入することについての共謀が成立していたことが明らかである。

もっとも、右共謀においては、輸入する大麻の量、質等について具体的に決められていたわけではないけれども、右認定のような事実の経過に照らすと、これらのことは、相被告人が渡航してBを介してブローカーと接触し交渉する過程で決められることであり、被告人においても、これを前提として、相被告人による交渉及び判断によって輸入する量、質等が決められることを了解していたものと認められるから、輸入する大麻の量、質等が具体的に決められていなかったことにより、大麻輸入の共謀の成立が左右されるものではない。

3  次いで、携帯輸入の方法から宅送輸入の方法に変更することについて被告人が承諾したか否かについて検討するに、まず、相被告人の原審公判廷における供述その他の関係各証拠によると、次のような事実が認められる。すなわち、相被告人は、平成七年七月一日にフィリピンに渡航した後、Bの紹介により同月二、三日ころから二度にわたって大麻取引のブローカーと会い、六万円をペソに換えた金額を渡し、これに相当する大麻を買い取って輸入することにしたが、同人と交渉した際、同人から「量は二・八ないし三・三キログラム程度であろう。手荷物で持ち帰るのは危険である。航空貨物で送る方が安全であるから、自分に全部任せてほしい」旨言われたため、輸入方法を変更して航空貨物として宅送する方法によることを考え、同人に対しては、同月一〇日までに大麻を隠して梱包した貨物の状況を確認させてもらうことにした。他方、相被告人は、同月三日、日本にいる内妻を介して、被告人に対し、フィリピンにいる相被告人に電話を入れるように伝えるとともに、被告人が共同経営する居酒屋の住所を聞き出した。同日又はその翌日、被告人から相被告人に電話があったので、相被告人は、被告人に対し、ブローカーが安全であると言っているので宅送の方法に変更するということや、送り先は居酒屋の方がよいということを述べた。そして、相被告人は、内妻を介して、同月六日、被告人の航空券の予約をキャンセルした。相被告人は、その後、ブローカーからの連絡がなく、貨物の梱包状況を確認できないまま、同月一二日に帰国したが、その際、Bからは自分を信じてくれと言われた。同月一三日ころ、相被告人は、被告人に電話をして、右の経過を伝えた。他方、ブローカー側は、布袋様の置物四体を入れた貨物の中に本件大麻草を隠して梱包した上、同月一九日、フィリピンのマニラ市から被告人が共同経営する前記居酒屋に宛てて航空貨物として発送した。そのころ、相被告人は、Bから電話を受け、「今送った。遅れてごめんなさい。量はサービスして五本(約五キログラムの趣旨)送った」旨聞いたので、翌日、被告人に電話をして、「フィリピンから発送されたようである。中身を確認してはいないが、ブローカーが言っているので大丈夫であろう」などと述べた。同月二一日、右貨物が新東京国際空港に到着し、同月二六日、通関業者から前記居酒屋に対し、受取主の照会があり、被告人は、これに対し、自分宛てに配送してほしい旨答えた。そして、被告人は、右通関業者から二七日午後三時から四時までの間に配送する旨の連絡を受けた後、同日午後三時五八分ころ、配送業者が到着し、指示する場所に貨物を置いてもらいこれを受け取った。以上の事実が認められる。なお、後記のとおり、相被告人は、当審公判廷に至って、右事実と異なる供述をするけれども、右供述は到底信用できない。

そして、被告人は、捜査段階においては、相被告人から同年七月三、四日に宅送輸入へ変更したいとの電話連絡があった際、相被告人が絶対安全だというので、これを了解した旨供述していたところであり、この供述に右認定事実を総合すると、被告人が宅送輸入への変更を承諾したことは明らかである。ところで、被告人は、原審公判廷においては、宅送輸入への変更を承諾したか否かに関して、次のような趣旨の供述をする。すなわち、七月三、四日に相被告人から電話があり、「持って入国するのは危ない。貨物にして送るなら絶対安全である。個人宛てはまずいので、被告人の居酒屋に宛てて送りたい」と言われたのに対し、自分は、エックス線もあるし、犬もいるので、送るのはもっと危険ではないかと述べ、これを拒否したわけではないものの、了解したものではなかった。そして、同月一三日に相被告人から電話があり、「被告人の居酒屋に送ることにする。絶対見つからない。一回きりだから」と言われ、自分は、居酒屋はまずい、他に送るところはないかなどと答えたのに対し、相被告人からは「居酒屋にはいつも被告人がいるからいい。店宛てに送るので、万一ばれても、知らぬ存ぜぬで通せば大丈夫だ」などと説得されたが、自分が承諾しないまま、電話が切れた。さらに同月二〇日、相被告人から電話があり、「昨日、フィリピンから大麻を送ったという連絡があった。絶対、大丈夫だ。ばれても、知らぬ存ぜぬで通せ」などと言われ、自分としても、送ってしまったのなら仕方ないと考え、腹をくくった。被告人は、以上のとおり供述する。仮に被告人の右公判供述によったとしても、その趣旨は、相被告人からの宅送輸入への変更の申し出を明確に拒否したものではないというにあるところ、前記2のとおり、被告人は、既に相被告人との間で携帯の方法により大麻を輸入することの共謀を遂げていたものであり、これに基づき相被告人がフィリピンに渡航し、現地のブローカーと接触交渉した結果、その助言もあって、携帯する方法よりも宅送する方法がよいと判断してその旨打診してきたものであり、被告人としてもその経緯を十分に認識していたと認められるのであるから、その場で相被告人の申し出を明確に拒否しない限り、事態の自然な経過として、相被告人がそのまま事を進めて宅送の方法で輸入することになることは当然に予期されるところであり、それにもかかわらず明確な拒否をしないままで終わったというのであるから、被告人は、そのような対応によって、相被告人が宅送の方法により輸入することを容認したものと認めることができる。このことは、前記のとおり、被告人が、七月二六日、通関業者からの受取主の照会があった際に、自分宛てに配送してほしい旨答え、翌二七日に貨物が配達された際にも自らが置き場所を指示するなどしてこれを受け取っていることからも肯認される。

4  以上のとおりであるから、被告人は、本件大麻草を宅送の方法により輸入することにつき相被告人らと共謀を遂げていたと認められる。論旨は、理由がない。

三  控訴趣意第三(営利目的はないとの事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判決は、被告人及び相被告人は、共謀の上、営利の目的で本件大麻草を輸入したと認定判示したが、被告人自身には営利の目的はなかったのであり、また、仮に相被告人に営利の目的があったとしても、被告人は、単にその事実を知っていただけであるから、被告人に対し加重された刑を科することはできないので、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。

そこで、検討するに、関係各証拠によると、相被告人は、前記のとおり、出所後、不動産の仲介の仕事をするなどしていたが、これがはかばかしくなかったことなどから、フィリピンから大麻を輸入し、これを売りさばいて利益を上げることを考えて、被告人に相談を持ち掛け、他方、被告人においても、共同経営していた居酒屋による収入は十分でなく、相被告人には五〇〇万円の借用書を差し入れさせられるなどの状況にあったことから、その利益にあずかり、少なくとも右借用書に係る債務の全部又は一部の返済に充てられるであろうことを期待して、両名共謀の上、本件犯行に及んだことが認められるから、被告人自身についても営利目的があったことは明らかである。論旨は、理由がない。

四  控訴趣意第五(被告人は従犯に止まるとの事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判決は、本件犯行につき被告人は共同正犯であると認定判示しているが、被告人は従犯に止まるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。

そこで、検討するに、前記二及び三記載のとおり、被告人は、相被告人と大麻を輸入し、これを売りさばいて利益を上げることを相談し、自らもその利益にあずかることを期待し、当初は両名が携帯して輸入することまで決めていたものであり、その後、宅送輸入の方法に変更された後は、自らが知人と共同経営する居酒屋宛てに本件大麻草を隠匿した貨物を宅送することを承諾し、これを受領しているのであるから、被告人について本件大麻草の輸入の共同正犯が成立することは明らかである。論旨は、理由がない。

五  控訴趣意第四(各輸入罪の未遂に止まる旨の法令の適用の誤りの主張)について

1  所論は、要するに、次のようなものである。すなわち、原判決は、関税法違反の禁制物輸入罪の既遂時期について、通関によって既遂に達したと判示しているが、同法の輸入の定義規定に照らして、本件のように宅送によった場合には、これが届けられて犯人が受領して、初めて引き取られたといえるから、その時点で既遂に達するというべきである。また、原判決は、大麻取締法違反の大麻輸入罪の既遂時期について、航空機から搬出させて領土に持ち込んだ時点と判示しているが、本件のように宅送による場合には、我が国の領土内に持ち込んだだけでは危害発生の危険が生じたとはいえず、通関し、犯人が引き取ることによって既遂に達するというべきである。そして、原判決は、本件においてコントロールドデリバリーが行われて輸入許可がされ本件大麻草が宅送されたことについて、そのために既遂の責任を問い得ないというものではないと判示しているが、コントロールドデリバリーにおいては、犯罪の成立に不可欠な輸入許可行為が捜査当局によって行われているのであり、捜査官が犯罪が既遂になることについて積極的に力を貸しているのであるから、その後の行為について犯人に責任を問えないことは当然であり、本件の各輸入罪については、犯人の引き取りがいまだないことになるので未遂罪に止まるというのである。

2  そこで、検討するに、本件のように航空貨物の宅送の方法により大麻を輸入する場合にも、これを携帯して輸入する場合と同様、関税法違反の禁制物輸入罪は通関により、大麻取締法違反の大麻輸入罪は航空機から取りおろすことにより、いずれも既遂に達すると解するのが相当である。けだし、関税法違反の禁制物輸入罪については、宅送の方法による場合も、通関線の突破に際し、犯人の道具と目すべき通関業者又は配送業者が、貨物を受け取るのであるから、これによって犯人が受け取ったものとみることができる。また、大麻取締法違反の大麻輸入罪は、宅送の方法による場合であっても、大麻が航空機から搬出されて取りおろされた時点で、携帯の方法による場合と比べて程度の差はあるにせよ、保健衛生上我が国の領土内に大麻が拡散される危険性が発生したとみることができるので、既遂に達することになる。

ところで、関係各証拠によると、本件大麻草が隠匿されていた貨物は、平成七年七月二一日に新東京国際空港に到着後、情を知らない通関業者によって輸入申告がされ、同月二四日、税関検査が行われた結果、本件大麻草が隠匿されていることが明らかとなり、成田税関支署と千葉県警生活安全部保安課及び新東京空港警察署との協議により、コントロールドデリバリーが実施されることになり、同月二七日午前九時一八分、右貨物につき税関長の輸入許可がされ、その後、捜査当局の監視の下、配送業者は、捜査当局と打合せの上、右貨物を受け取って被告人が共同経営する前記居酒屋に配送し、同日午後三時五八分ころ、被告人がこれを受け取ったことが認められる。右認定のとおり、本件においては、コントロールドデリバリーが実施されて、本件大麻草が隠匿された貨物につき輸入許可がされ、配送業者は、右貨物に本件大麻草が隠匿されていることを認識した上、税関から貨物を受け取り、被告人に配送したものである。大麻輸入罪については、コントロールドデリバリーが実施される以前に既遂に達しているので、これによる影響はないのに対し、禁制物輸入罪については、コントロールドデリバリーの実施の下に、貨物が通関されているため、これをどのように評価するかが問題となり得る。

コントロールドデリバリーは、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律四条等に基づいて実施されるものであり、税関手続の特例についていえば、薬物犯罪の捜査に関し、犯人の検挙など捜査の必要から、検察官等の要請に基づき、当該規制薬物の散逸を防止するための十分な監視体制が確保されていると認められるときに、税関長は、規制薬物が隠匿されている貨物の輸入又は輸出の許可を行うことができるものとされている。そのため、コントロールドデリバリーが実施されると、捜査当局の監視の下、隠匿された規制薬物が関税線を突破することとなるが、これは捜査当局等が法律により許された行動をとった結果であるから、犯罪又は既遂の成否に影響を及ぼすことはなく、また、本件のように配送業者が情を知ったことによって犯人の道具である地位を失うこともないというべきである。したがって、配送業者が税関から貨物を受け取ることをもって関税線が突破され、禁制物輸入罪は既遂に達したものということができる。

以上のとおりであるから、本件犯行につき大麻輸入罪がその取りおろしにより、禁制物輸入罪が通関により、いずれも既遂に達しているとした原判決の判断に誤りはない。論旨は、理由がない。

六  控訴趣意第六(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人を懲役三年六月及び罰金五〇万円に処した原判決の量刑は、重過ぎて不当であり、執行猶予を付するのが相当であるというのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討するに、本件は、被告人が、相被告人及びそのフィリピンの知人らと共謀の上、営利の目的で、種子を含む五キロ余りの大麻草をフィリピンから輸入したという事案である。被告人らは、薬物の弊害が大きな社会問題となっている昨今、国内で売りさばいて利益を上げるつもりで、相被告人がフィリピンに渡航して大量の大麻草を買い付け、これを貨物の中に隠匿して宅送する方法により輸入したものであり、犯情はまことに悪質であり、被告人の刑事責任は大きい。

そうすると、幸いに税関検査で本件大麻草の隠匿が発覚し、被告人に宅送された段階で押収され、その害悪が社会に拡散されることはなかったこと、被告人は、相被告人に誘われて加担したものであり、終始、受動的な役割であったこと、本件犯行に及んだことについて反省後悔していること、業務上過失傷害、道路交通法違反による罰金前科三犯のほかには前科前歴がないこと、被告人の家族関係など所論指摘のような被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても、被告人を懲役三年六月及び罰金五〇万円に処した原判決の量刑は、まことにやむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は、理由がない。

(被告人A関係)

所論は、要するに、原判決は、被告人が相被告人及びBと共謀の上、本件大麻草を輸入したとの事実を認定判示したが、被告人は、フィリピンに渡航して、大麻取引のブローカーと話し合い、まず、大麻輸入の準備行為として、大麻を入れないままで貨物を宅送する方法を試すことにして、同人に対しそれに要する費用六万円を渡したが、その後連絡が途絶えたため、Bに一切取引をしないことを伝えて帰国したところ、Bが今後被告人から投資を受けられなくなることを心配して、勝手に本件大麻草を貨物の中に入れて宅送したものであるから、被告人は、本件大麻草の輸入の共謀には関与しておらず、無罪であり、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討するに、被告人は、捜査段階の当初こそ否認していたものの、その後は捜査段階から原審公判廷に至るまで一貫して、相被告人及びBらと共謀の上、本件大麻草を輸入したことを認める供述をしており(ただし、その量については、原審公判廷において、もっと少ない量の認識しかなかった旨弁解していた。)、相被告人の捜査段階及び原審公判廷における各供述などこれを裏付ける証拠も十分であり、これらを総合すると、被告人が相被告人及びBらと共謀の上、本件大麻草をフィリピンから輸入したことは明らかである。被告人は、当審に至って、所論に沿う供述をするけれども、なぜそのように供述を変えたのか、納得のいく説明はなく、その供述内容をみてもかなり不自然、不合理であるから、被告人の右供述を信用することは到底できない。したがって、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認はない。論旨は、理由がない。

(結論)

よって、各刑訴法三九六条により、本件各控訴をいずれも棄却し、各刑法二一条を適用して、当審における未決勾留日数中、被告人甲に対して六〇日を、被告人Aに対して九〇日を、それぞれの原判決の懲役刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 中野久利 裁判官 坂井 満)

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